アベノミクスが始まって以降、順調に回復してきたかのように見える日本経済。とはいえ、全ての官民連合プロジェクトが問題なく進んでいる訳ではないようです。特に、経済への影響が大きい原発輸出に関しては不穏なニュースが後を絶ちません。そこで今回の記事では、なぜ政府や三菱重工などがトルコ原発の計画を断念しようとしているのか、加えて新設計画が始まった経緯や今後の原発輸出計画に関する見通しについてご説明します。
トルコ原発はなぜ建設断念に〜政府・三菱重工など苦渋の選択
2018年12月4日、大手経済紙を筆頭に今後の日本経済を揺るがしかねない大きなニュースが報じられました。日本政府と三菱重工は、官民連合の共同事業としてトルコへの原発輸出計画を進めていましたが、この計画そのものを断念する方向でトルコ政府と調整に入ったというのです。これに先立ち、アルゼンチンのブエノスアイレスで開催されたG20において安倍晋三首相とトルコのエルドアン大統領との直接会談が行われていました。両首脳は約40分にわたる会談の大部分をシノップ地区の原発計画についての話し合いに割き、実現が難しくなっているとの認識を共有したと報じられています。
当初、この報道に対して世耕弘成経済産業相と三菱重工は共に否定的なコメントを発表していました。ところが、年が明けた2019年1月4日に新たなニュースが報道されると状況が一変。日本政府がトルコ政府に対して新型原発建設計画における大幅な負担増を求める最終条件を提示する方針を固めたと発表し、複数のメディアによって大々的に報道されたのです。メディアによって多少の温度差はあるものの、トルコ政府が日本政府の要求を受け入れる可能性は限りなく低く、事実上の撤退となる見通しが濃厚というのが統一見解になっています。とはいえ、業界では以前からトルコの新型原発建設計画が頓挫するのではというウワサが絶えず囁かれていましたので、衝撃的というよりはいよいよ決定的な転換点に差しかかったという見方が多数派を占めているようです。
日本政府と三菱重工などが苦渋の決断を下した理由には諸説ありますが、代表的な要因として3点が挙げられています。1つ目の要因として挙げられるのが、計画当初に比べて格段に膨れ上がった事業費についてです。計画当初は2.5兆円と算出されていた事業費ですが、東日本大震災による東京電力福島第一原発の事故を受けて安全対策に対する建設費が高騰。そこで新基準に沿って総事業費を新たに算出したところ、当初の2倍にあたる5兆円にものぼると判明したのです。三菱重工は算出し直した総事業費を含む新たな調査報告書をまとめ、2018年7月に日本とトルコの両政府に提出し検討を求めていました。特に、トルコ政府には建設後の売電価格を引き上げるよう計画の見直しを提案していましたが、逆にコストの見直しを要請され採算性が見込めないと判断せざるを得なかったようです。
2つ目の要因として挙げられているのが、トルコ通貨リラの大幅な下落です。2018年8月10日に発生したトルコショックは、対米ドルで一時20%も下落し史上最安値を更新しました。米国人牧師の拘束問題をめぐり、トランプ米大統領がトルコへの追加経済制裁を発表したことが直接的な原因とされていますが、日本から原発施設を輸入しようとしていたトルコは新興国の一つ。たとえ一時的な現象であっても、大幅な通貨安が新興国の経済にとって大きなリスク要因なのは間違いありません。つまり、原発の総事業費に対する影響だけでなく政情不安にも繋がり兼ねないほどの痛手だったのです。もちろん、輸出する側の日本政府や三菱重工にとっても経費が膨らむのは避けられません。
また、現地の住民による反対運動が根強かったのもトルコ原発の推進を妨げていた要因に挙げられます。一部ではありますが、建設予定地の周辺に活断層があるとの報告書が提出されており、建設後の安全性が問題視されていたのです。そもそも、輸出元である日本で地震による原発の被害があったのですから、トルコの国民が不安になるのも当然と言えるでしょう。ただし、日本政府として親日国であるトルコと良好な関係を続けたいという意向に変化はありません。今後は原発の代案として、再生可能エネルギーや効率の高い石炭火力発電所などの建設案をトルコ政府に提案する見通しです。
そもそもトルコに原発を新設計画はなぜ生まれたか?
日本にとって貴重なパッケージ型インフラ輸出であったトルコ原発は、両国首脳による直接会談を経て断念する方向へと舵が切られました。ですが、そもそも今回の事業計画が大きく前進するきっかけとなったのも安倍首相と当時首相だったエルドアン氏によるトップ会談だったのです。当時、デフレ脱却という経済目標を達成するためにアベノミクスを推進していた安倍首相は、3本の矢の1つである成長戦略の一環としてトルコへの原発輸出を積極的に売り込んでいました。言い換えると、トルコ原発は安倍首相によるトップセールス外交の成果と言っても過言ではなかったのです。
一方、日本と同様に天然資源に恵まれずエネルギー資源の約70%を輸入に頼っていたトルコには、資金不足によって何度も原発の導入を断念してきたという経緯があります。つまりトルコで予定されていた原発の新設計画は、特定の商品を売り切るだけでなくその後のメンテナンスやサービスを通して継続的な収益が見込めるパッケージ型インフラ輸出を目指す日本と、導入費用を抑えて安定的に国内エネルギーを確保したいトルコの利害が一致した結果だったのです。
そんな両国が原子力協定と原子力発電所建設に関する政府間協定に調印したのは2013年5月。続いて同年10月には商業契約が締結され、トルコの建国100周年にあたる2023年の稼働開始を目指して、黒海沿岸のシノップ地区に4基の原発を建設する計画が進められていました。ちなみに、トルコ原発として新設される予定だった原発は、三菱重工と仏企業が共同開発した新型中型炉ATMEA-1。仮に計画が順調に進んでいれば、世界で初めて稼働するタイプの新型中型炉として脚光を浴びる見通しでした。
残す海外原発プロジェクトは日立製作所と英政府のみ
世界各国への原発輸出を成長戦略の柱に掲げている安倍政権は、世界的にもトップセールス外交に長けていると評価されてきました。実際、政府と国内原発メーカーがタッグを組んで推進してきた原発輸出はトルコだけでなく、ベトナムやリトアニア、台湾などを含めた世界6ヵ国にも及んでいます。いずれも、首脳同士のトップ会談で積極的に売り込んできた成果と言えるでしょう。ところが、順風満帆と目されていた日本の原発輸出計画が相次ぐ凍結や中止に見舞われているのです。
建設費の高騰を受けた米国では、東芝の原発子会社だった米ウェスチングハウス・エレクトリック社が経営破綻に追い込まれただけでなく、東芝本社への責任問題まで取り沙汰されています。2010年に合意したベトナムでも、建設費の高騰を理由に計画が中止されました。リトアニアでは2012年に日立の原発建設に対して国民投票が行われた結果、否決されて計画が凍結。同じく、日立が中心となって進めてきた台湾の原発計画も凍結されています。
これらに続いてトルコ原発までが失敗に終わると6ヵ国中5ヵ国で失注することになり、残す海外原発プロジェクトは日立製作所と英政府の1件のみとなってしまうのです。しかも、原発施設を新設する予定地は英国の本土ではなくアングルシー島という小さな島。他国の計画と同様に総事業費が当初の予定を大幅に上回っていますので、不安要素は尽きません。事実、計画を進めている日立は2019年までに最終判断を下すと発表しており、今後の日本経済へ及ぼす影響が懸念されています。
まとめ
官民連合として進めてきた原発輸出事業が、次々と頓挫しています。そんな中、政府と三菱重工などが手掛けてきたトルコ原発までもが断念する方向で調整が進んでいるというニュースが報道され、順調に回復してきた日本経済が再び下降するシグナルではないかと懸念する専門家も少なくありません。世界中で脱原発の声が高まる中、日本政府が今後の原発輸出計画を白紙に戻すのかどうか注視する必要がありそうです。