新たに事業を開始するに当たって重要なテーマとなるのが、いかにして資金を調達するかということです。この点、調達手段の多様化に伴って銀行借り入れ以外にも様々な方法で資金を得ることが可能となってきており、折からの経済環境も手助けして、調達金額が増加傾向にあります。そこで以下では、2018年の累計調達金額を見るとともに、その背景について考えていくことにしましょう。
過去最高の調達環境 2018年の累計調達金額は?
2018年のスタートアップ企業の累計調達金額について見ていくことにしましょう。統計データによると、約3,800億円が調達されたということであり、これは2015年の約1,850億円のほぼ2倍、前年の2017年の約3,150億円と比べても20パーセントほど大きい水準となっています。一方で、2018年の調達社数は約1,370社であり、2015年の約1,600社や2017年の約1,630社と比べると、むしろ減少気味という状況にあります。件数が増えずに累計金額が増えていることから、スタートアップ1件当たりの調達金額が大きくなっているということが分かります。
具体的な調達案件を見てみると、2018年において最も大きな調達案件となっているのが、シェアリングエコノミービジネスを展開している「Japan Taxi」で、その調達金額は約120億円となっています。これに次ぐのが、FinTechビジネスを手掛ける「FOLIO」で約70億円となっています。
FinTech企業としては、これ以外にもFreee、Finatextグループ、Paidy、お金のデザインなどもそれぞれ60億円前後の調達に成功しており、同年におけるスタートアップのトレンドがこの分野に集中していたことが分かるでしょう。AIやディープラーニングといったテクノロジーの進歩に伴って、従来型の金融サービスが大きく変容を遂げると考えられていることから、そういった可能性を秘めている事業を展開している企業への注目が高まっているということです。なお、そのような状況についてもっとも危機感を抱いているのは、伝統的な金融機関自身であり、彼ら自身が変革の必要性を強く意識しているということの証左として、ここに挙げたようなFinTech企業の資金調達需要に応えている出資者の中にはそういった金融機関が多く含まれています。
一方で、これまで資金調達のメインの方法の一つであった新規株式上場については、フリマアプリを手掛けるメルカリが50億円ほどを調達したのが目立つ程度であり、ことスタートアップ企業に関してはそれほど頻繁に行われてはいません。株式上場には多額の維持管理コストがかかることや、FinTechをはじめとするスタートアップ事業についていかに市場が評価するかに関して確固たる基準がないことから、上場よりも第三者割当増資のような手段を選択する起業家が多かったということでしょう。
なぜ調達しやすい環境になってきたのか
では次に、2018年にかけてスタートアップ企業の累計資金調達金額が大きく増加傾向にあることの背景について見ていくことにしましょう。まず、マクロ経済的な側面からは、2008年に発生したリーマンショックと呼ばれるグローバル規模での金融危機に対処するために、各国の中央銀行が積極的に金融緩和策を導入したことによって、市場にマネーが大量に投下されたということが一つの要因として考えられます。また、特に国内では、日本銀行がマイナス金利政策を導入したり、バズーカと呼ばれる大規模な緩和政策を実行したことによって、金余りに加えて、金利水準が大幅に低下し、資金を調達しやすい環境が整っていたということができます。
一方で、多額の資金を必要とするスタートアップの環境についても、テクノロジーの進歩によって伝統的なビジネスを打破するようなビジネスが次々に誕生するようになってきており、その代表格が上述したようなFinTechの分野です。もっとも、新たなビジネス分野はこれだけという訳ではなく、カーシェアをはじめとするシェアリングサービスやレストランで提供されている料理のデリバリーサービスなど、人々の生活スタイルの変化に合わせたビジネスも多く登場してきています。
加えて、働き方改革に見られるように、伝統的な日本型の雇用スタイルが変容を遂げているということもスタートアップが増えている背景にある環境の一つということができます。新卒で安定的な大企業に入社して定年まで勤め上げ、待遇については年功序列となっているというのが伝統的な日本の雇用スタイルでしたが、経済のグローバル化に伴って雇用が流動化したことによって、大企業に勤めるよりもむしろ自分で起業した方がよいと考える学生が増えてきています。スタートアップの全体数が大幅に増加してきている状況に、金融緩和によって新たな投資先を求めるマネーが潤沢に投下されたことによって、結果として累計の資金調達金額が大きく増えることになったということが言えるでしょう。
なお、資金調達が増えている要因の一つとして、エンジェル投資家の増加という点も見逃すことはできません。エンジェル投資家とは、スタートアップ企業を中心に投資を行う富裕層を指して使われる用語ですが、国内においても事業や投資などで成功を収めた富裕層が増加傾向にあり、彼らがスタートアップ企業を積極的に支援しようと市場に資金を投資することによって資金調達全体が底上げされているということが起きているのです。ちなみに、エンジェル投資家の支援によって事業に成功した起業家が、ビジネスからエグジットして自らもエンジェル投資家になるという循環も生まれつつあり、それによってエンジェル投資の規模はますます拡大していくものと想定されています。
どのような新規ビジネスが投資を集めているのか
では最後にどういった新規ビジネスが投資を集めているのかについて見ておくことにしましょう。ここまでで既に触れてきたように、大きな傾向としては、新たなテクノロジーを活用したFinTechやシェアリングサービス、宅配デリバリーといった新たな生活スタイルに対応したビジネスを手掛けるスタートアップ企業に資金が集まっているというのが、全体的なトレンドとなっています。
それ以外には、仮想通貨をはじめとするブロックチェーン技術を活用したビジネスにも大きな資本が投下されています。金融分野におけるFinTechもそのようなビジネスの一つではあるのですが、それ以外にも医療分野におけるMediTechや、ヘルスケア分野におけるHealthTechなど各分野において伝統的なサービスを凌駕するようなテクノロジーを活用した新規ビジネスが登場しつつあり、それらに対して投資家の熱い視線が注がれているというわけです。
一方で、少子高齢化がますます進展する状況にあって、高齢者向けのサービスについても様々なビジネスが登場しつつあります。もっとも代表的なものといえるのが介護ビジネスですが、この分野でもテクノロジーの活用が進んでおり、例えば介護ロボットの開発を手掛けるスタートアップ企業などについては将来的にビジネス拡大の余地が大きいと考えられて、資金を集めやすい状況となっています。また、少子化に伴う労働人口の減少に対応するよう、なるべく人手に頼ることのないようにするために、ロボット・プロセス・オートメーション(RPA)と呼ばれる自動化技術の開発や導入を手掛ける企業も注目されて、大きな資本を集めています。
まとめ
以上で見てきたように2018年の新規ビジネスの累計資金調達金額は、過去最高の水準に達しており、その背景にはテクノロジーの進展に伴う様々なビジネスの登場と金融緩和による投資マネーの拡大という資本の需要と供給がうまく噛み合った状況がありました。FinTechをはじめとする伝統的なサービスを根底から覆すようなビジネスに資金が集まることによって、私たちの生活がますます豊かで便利なものになることが期待できるでしょう。